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クライスのその後のその後 [つれづれ]

小学生の時に習ったフルートが、その後、どういう出来事から私の学生時代に深くかかわることになったのか。

「クライスの思い出」の続きを書きます。

このブログに書いたことがあったと思うのだけど、なんだか探せないので。

探せない理由は、また書くことに。

今はフルートだ。

 

中学生になってからは多分、ぽちょぽちょ程度に習ったと思う。


そして受験となり、習い事一切をやめた。


 


いろんなことがあって受験は終了し、高校入学となる。


入学式。


割り振られたクラスにはいり、あいうえお順に席に着いた。


教科書もらって、授業が始まったころ、となりに座ったTさんが話しかけてきた。


「私、この学校を目指したのは入りたいクラブがあったからなの。これから入りに行きたい。一緒に行ってくれる?」と言われた。


へぇぇぇそうなんだ、いいよ、と気軽に彼女についていく。


ブラスバンド部に入るとのこと。


音楽室に向かった。


いろんな楽器の音がする部屋、中にいた人に声をかけて入部希望のことを伝える彼女。


大歓迎されて、照れてた彼女は希望の楽器を聞かれて「希望の楽器はありません。楽器は初心者です、なんでもいい」と話してる。


私は部屋の中をきょろきょろ見回してて。


高校生のお兄さん、お姉さんはこんなななんだなぁと楽器を吹く先輩たちを見ていた。


すると話が終わったのか、先輩が私に話しかけてきた


「ところであなたは何が希望?どんな楽器がいい?」


え?


ついてきただけ…とはなぜか言えなくて。


思わず「フルートを」と言った。


すぐさまフルートの先輩にひきあわされて、はい、入部。


中学でブラスだったという赤い縁の眼鏡をかけた女の子がもう入ってた。


「今年はふたりかぁ」と先輩がぽつり。


同級生がいたこと、先輩が大人っぽくて素敵だなぁって思ったことなんかでそのまま入ってしまった。


小学生で習ったことがあると話したら、とたんにぴきーんと緊張感が。


どれだけ上手なコが来たの?と警戒されたというのは後になってわかった。


全然上手じゃない…というのはすぐにバレた。


でも初心者ではなかったので、音は出たし、楽譜を読めたし、すぐに合奏にも入れた。


そしてその学校のブラスバンドが全日本吹奏楽コンクールで金賞を取るようなすごい部であるということをほどなく知る。


Tさんがブラスを目指して受験勉強をしていた理由もわかった。


何も知らずに入学し、付き添いのまま入部した私にその後、ドラマチックでマーベラス、そしてワンダホーな3年間が待っていたなんて、入部の日の私には何もわかっていなかった。


あんなに入部を希望していたTさんはその後、すぐに退部。


理由はあったとおもうのだけど、思い出せない。


というか、少し思い出した気がする…たしか腱鞘炎になったのではなかったかな。


オーディションについて行ったほうの人が歌手になったり、俳優になったりってよく聞くけど、それはあるよ!と思うのだ。


練習はほぼ毎日。


360日くらい。


厳しい練習という思い出はなく、ずっと吹いていたという印象。


大人っぽかったH先輩の言葉は今もはっきりと耳に残っている。


「楽器が上手になる道は、ロングトーンを繰り返し練習すること」


その言葉を3年間、ずっとずっと守った。


金賞の喜びは本当に大きかった。


フルートにであい、楽器を買って練習の機会を与えてくれた母。


その母が見つけてきたクライスをおいしいと言った先生。


となりに座っただけの縁で入部するから付き添ってと言った同級生。


世の中に偶然はない。


であったことはすべて必然だと思っているのだけど、なかなか面白い体験だった。


 


数年前になるのだけど、コンクールのこと、出場校のこと、演奏した曲のことを事細かに紹介しているブログの存在を知った。


そこに、私たちの高校の、まさに私がいた年に演奏した曲の感想、絶大なる誉め言葉だけが連なる文章があった。


会ったことのない、知らない人の演奏に対する言葉を読んでいくうちに、熱いものがこみ上げてきた。


何回も何回も繰り返して読んだ。


今は落ち込んだ時、躓いた時、読んでいる。


読むと少しずつ元気がよみがえってくる。


 


フルートは今も持っている。


いつか、オーバーホールして、吹けたらいいなぁ。


 


 


 


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